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クチナシとの思い出
クチナシとの思い出

一気に梅雨入りをしたかのような雨が続いていますね。

今年は四月の雨が少なかった分、かつての梅雨に戻ったかのようなしとしとした雨が降り続いています。

実は個人的には雨がわりと好きなので、梅雨が憂鬱ではないのです。洗濯物事情だけは別ですが。

雨が街を洗うと、いつもと少しだけ異なる空気が生まれるのではないでしょうか。

普段は、雑音として耳や目に入ってくる諸々の音や光景が、雨のフィルターによって少しその刺激を潜め、なんとなく心も体も静かに鎮静がかかるような気がして張りつめていたものが緩むような気がするのです。

春は木の芽時、蠢くものが地上にあらわれ、可視化されることで様々なことが起こる、浮き足立った季節、何とも落ち着かない時期です。

対してそこにしっとりと降り注ぐ雨は、そのどこか浮ついた気持ちをなだめてくれる、何とも上手くできた季節の巡り方だなあと思うこともしばしば。

hr

先日、決心してクチナシの鉢植えを購入いたしました。二回目です。

クチナシは香りとそのまろやかな白い花のフォルムが本当に好きな花で、開業当初も一度育てていたのですが、悲しい思い出がありまして。

そのとき、クチナシの鉢はベランダに置いてありました。毎朝、窓を開けて空気の入れ替えをするのと同時に、水を与えるのが楽しみでした。

白くぽってりとした花びらが、小さな蕾から溢れるように開くのを、毎日愛でていて、水しかあげていないのにどうしてこんなにも可憐で美しい花を咲かせるのだろうかと、植物の不思議に感動していました。

それにその香りの素晴らしさ!

芳香と呼ぶに相応しい甘い香りは、離れていても分かるほど。狭いベランダ中が小さな鉢からただようその香りに満たされ、辛いことがあった日でも、夜の暗がりの中、白く浮かび上がるその花とともに、心を癒してくれました。

私は残念ながら緑の指の持ち主ではなく、植物全般を上手く育てられないタイプなのですが、クチナシのその鉢だけは本当に大切にしていました。

けれど、ある日の朝のことです。

「え…?」

なにか様子がおかしい、青々としていた葉っぱが減っている……?

常緑樹であるクチナシは、葉を落とすことはありません。

でも昨夜みた時と明らかに違う、葉っぱの相対的な面積が少ないのです。

「おかしいなあ」

鉢を上から下から眺めても、枯れているような様子もありません。勘違いなのかな?虫がついているのではないのかと、探しましたが見つからず。

この時点で、何らかの対策をすべきだったのですが、まだ開業し間もない時期で、自分の勘違いだろうと流してしまったのです。

hr

そこから緊急の患者さんが入り、夜中病院につめることになったために三日ほど、クチナシの世話ができませんでした。

ようやく落ち着いて鉢をみに行った時、とんでもない光景が。

「……!!は、葉が……」

丸坊主なのです、綺麗にこんもりと茂っていた緑の葉は、あわれほとんどがなくなり、下の方に申し訳程度に残っている始末。

枝がむき出しになり、寒々しく樹皮が出ています。

それどころか、最後の蕾が、もう開こうかとしていた大きく膨らんだ蕾が、何者かにかじられ、半分ほどの大きさになっていたのです。

これはもう間違いない、絶対に何かがいる。クチナシの敵が。私の大切なクチナシを食い荒らした犯人が!

絶望の悲鳴とともに、鉢を片手に血眼で探しました。

なんていったって、もう葉がないのです。敵がいるのであれば、見つかるはずです。

食いちぎられたかわいそうな葉が変色し、鉢の土に上に落ちています。よく見れば幹の部分にすら歯形がついています。

許せない、犯人はたった数日で私のクチナシを蹂躙し、おそらくお腹いっぱいの状態でこの鉢の何処かにいるのです。きっと満足していることでしょう。大事に育てた葉が美味しくない訳がありません。

何匹いるのかすら、定かではありませんが、絶対に見つけださねばなりません。クチナシの弔い合戦です。

けれど枝にも残った少ない葉にもいない、探し方が悪いのかともっと明るいところを求め、家の中に持ち込もうとしたその時です。

hr

「ねえ、これ違う?」

鉢を持って鬼気迫る状態で仁王立ちしていた私に、旦那さんが一言。

指先で示したのは、土の上に折り重なる葉でした。

よくみると白い糸のようなものが……。

「!」

葉っぱの一枚をとってその塊をつつくと、びくびくっ!と動いたではありませんか!

なんと葉っぱの色と同化した、もっちりとふとった大きな蛹が!

目眩がしました。

怨敵はすでに幼虫を通り越し、蛹にまで育っていたのです。

しかも蛹をつついた衝撃で、やつはびちびちと陸揚げされた魚のごとく跳ね回っています。

端的にいって、グロい。

いや、虫が苦手な方ではないけれど、御器囓さんと毛虫さんとはお友達になれないと、日頃からいっているのに…。

軽いパニックになっている脳内の片隅に、怒りの炎が燃え上がりました。

hr

こいつは…こいつは私がとても大切にしていた、クチナシをたらふくたべて、ここまで成長したのです。

毎日見るだけで癒され、その香りを楽しみ、膨らむ蕾を愛でていた可愛いクチナシは、こいつのせいでその命を絶たれようとしています。

こんなグロテスクな敵に!私のクチナシが!!

全くその跳ね回る蛹に触ろうともしない旦那さんを無視し、私は足音高く台所に向かいました。

ビニール袋と割り箸を引っ掴み、ベランダに取って回します。

「……ゆるさん」

怒りは他のあらゆる感情を凌駕しました。

ためらうことなく、びちびちしている蛹を電光石火のスピードで割り箸でつまみ上げ、ビニール袋に投げ込み、それを二重にしてゴミ箱に入れました。

この間、およそ三十秒。

ゴミ箱の蓋が閉まった瞬間、毛穴からぶわっと汗が出て、背筋を怖気が走りました。

箸の間でつまんだ時に感じた、あのいきていることを全身で主張する生き物の生々しさが、指先に残っています。

かわいそうなことをしたと思う気持ちが、頭の片隅をかすめましたが、敵を取り除いたクチナシの鉢を見た途端、そんなものは消え去りました。

丸裸になったかわいそうなクチナシの姿は、復讐の鬼と化し、敵を葬ったことを後悔させませんでした。

hr

あの虫がしたことは、あの虫が生きるためにしかたないことだったでしょう。

必死に小さな鉢の葉を食べ、成虫になるのが、卵として産みつけられた幼虫の宿命です。

けれど、私にとってもクチナシはかけがえのない存在だったのです。

その姿にどれだけ心慰められたでしょう。

命と向き合うこの仕事は、割り切れない想いや苦しさとの戦いの日々です。

やっと掬い上げた命が、あっという間に手のひらからこぼれおちるあの絶望。それと向き合う中で心にたまっていく濁りを、確かにあのクチナシは癒してくれていた。水だけを糧に、精一杯花を咲かせ、香りを与えてくれたのです。

与えるものに対してずいぶんと過分なお返しでした。

それを奪った簒奪者に容赦は無用。

命を奪う選択肢は切ないものでしたが、私の怒りが勝りました。

hr

可愛いクチナシは、かじられ半分になった蕾を健気に咲かせ、そして枯れました。丸裸にされたクチナシを抱いて、少し泣きました。

もっとクチナシについて勉強していたらと後悔しました。

芳香を放つ花は沢山の虫に狙われるのです。

あの蛹はオオスカシバという大きな蛾であったことが分かりました。クチナシ界隈ではもの凄く有名な話しでした。

私はクチナシを守るべきだったのに、不勉強で枯らせてしまったのです。

それきり、私はクチナシを買いませんでした。

それどころか他の植物も買いませんでした。

あんな風に悲しい思いをするのなら、切り花を愛でた方がマシだとおもいました。

人様の家のうちに並ぶクチナシを見るたびに、見事なその花ぶりに、裸になった私のクチナシを思いました。

育てる資格などないとおもっていました。

hr

ですが、つい先日ようやく鉢植えを購入することにしました。

可憐に白い花を咲かせるその姿をみて、その香りをかいで、ああ、やっぱりこの花が好きだと数年ぶりに思ったのです。

きちんとお店の方のアドバイスを聞いて、虫除けの薬をまき、鉢を大きなものに植え替えました。

前のクチナシに良く似て、小さい枝振りなのに、たくさん蕾を持っている今度のクチナシは、今、家で素晴らしい香りを放っています。

毎日それを見る度に、ああなんて綺麗なんだろうと思う気持ちと、少しの切なさが胸を過ります。

今度こそ、あの虫から守りきらねばならぬ。

秋口に実がつくように大事にしてやらなければ、決心を固くして毎日水をあげています。

2020-05-31

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