動物病院HOME < 院長のコラム < 悲しい動物を増やさないために
晴天と雨のギャップに体調を崩されている方も多いのではないでしょうか?
一週間の中で、春夏秋冬すべての季節が詰まっているかのような温度変化を経験することは、めったに無いことですが、今月はそんな過酷な気温変化が繰り返されていましたね。
33度から17度へと予測された一週間の最高気温を二度見したのは私だけではないはずです。
高校生の頃、ホームステイ先のイギリスのホストファーザーが「イギリスの夏は朝はとても気温が下がって冬のよう、日が差し込み昼間が春に、午後に陽が高く上がれば気温が急に上がり夏、夕方には通り雨が降って嵐になり秋になるんだ。一日の中に四季があるのさ」と教えてくれたのを思い出しました。
変化した気候が数年でもとに戻ることはないでしょうし、温暖化に歯止めがかからない今の状況では、こういった気候にも体を慣れさせなければならないんだなあと、これから先の地球環境に少し不安を覚えたりしました。
早くも梅雨どころか初夏を感じつつ迎えそうですが、今年の6月は動物たちにとって大きな変化がある月です。
今だいぶニュースなどに取り上げられていますが、動物愛護法の改正を受け、来月からは新たに販売されるすべての犬猫には、マイクロチップの装着が義務化されます。
マイクロチップの重要性と利用価値、及び登録については以前のブログで取り上げましたので、ぜひご覧ください。
今回はそれに加えて、環境省の登録データベースに登録することにより、「見なし鑑札」という扱いができるようになるというお話をしますね。
今までは生まれて90日以内の子犬に初めて接種する狂犬病ワクチンの接種をおこない、その証明を持って行政への登録としてきました。登録ができた証に鑑札が交付され、これを身に着けて生活することが指示されてきたのです。
この鑑札に刻まれた鑑札番号を調べることで、登録した飼い主を調べることができます。
よって基本的には犬が常に身につけておくことで、迷子になったときにその鑑札番号から飼い主を特定できるメリットが有りました。
しかし、首輪につけていても外れてしまえば意味がないことや、小型犬のブームなどにより、鑑札自体の大きさが首輪などにつけるには不適当になり、つけることを忌避する飼い主さんが多くなってきたこと、逆にわざと外してしまえば、飼い主を特定することはほぼできないことなど、こういった側面ではあまり意味をなさなくなってきてしまいました。
またこれ自体は犬の制度ですので、猫の放棄などに抑止効果はなく、不妊手術もされないまま遺棄された猫たちが地域猫となり繁殖してフン害などの問題を起こすことへの抑止にはなっていませんでした。
悲しい事実ですが、近年長く続くペットブームの影で、飼い主のいない猫や犬が処分される数はずっと上昇しています。
動物をとても大切な家族の一員として、その命が尽きるまで寄り添い慈しむ大多数の飼い主さんの影に、利己的で無責任な飼い主さんたちもいなくなることはなく、身勝手な理由で捨てられてしまう動物たちが後をたたないのです。
多くの獣医師が経験していることですが、これは実際によくあることです。
動物たちを心から大切に考えている飼い主さんの考えが及ばない思考回路で、動物を捨てる人々は自分を正当化し、遺棄しようとするのです。
一つ、お話をしましょう。
読んでいてあまり気分の良いものではありませんが。
これは開業してまもなくのことです。
時折、猫のノミ・マダニの予防薬を買っていかれる飼い主さんがいらっしゃいました。
ロシアンブルーなのだと聞いたその猫は、一度も病院に来たことがありませんでした。ワクチンを打つことを勧めても、「お金かかるからね」とおっしゃっていました。
それでも毎月でなくとも、完全室内飼いの猫に予防薬を買ってつけてくださる飼い主さんです。
猫にとってはきっと良い飼い主さんなのだろうな、と思っていました。
その飼い主さんには娘さんがいて、スコティッシュフォールドを飼っているのだそうです。
もう七歳をすぎ、残念ながら骨異形成症候群のためにうまく走れない猫なのだと話してくれていました。少し前には心臓に異常が出て、薬を飲んでいるのだということも。
あるときその飼い主さんから電話がありました。
「娘が、家族の仕事の関係で海外へ転居になったのよ」
なるほど、猫を海外に連れ出すための手続きを知りたいのだと思い、外務省のホームページなどの参考になるであろう話をしはじめました。ですが飼い主さんは違うのよ、とおっしゃいました。
「向こうの生活もたいへんだから猫を連れていけないんですって」
なるほど、ではきっとこの飼い主さんがロシアンブルーと一緒に飼うのだな、と思いました。
急に同居するとうまくいかないこともあるので、うまく引き合わせるアドバイスをしなければと考えました。飼い主さんは続けました。
「うちのロシアンブルーはその子と相性がわるくて一緒に飼えないの。それにもうすぐうちも引っ越す予定なのよ」
なるほど、では新しく飼い主さんを探されるのだな、と思いました。
スコティッシュは人気の種類ですし、まだ七歳ならばきっと希望してくれる人が見つかるな、と考えました。
飼い主さんはこう続けました。
「だからね、先生、猫って外でも生きていけるでしょ?ほら、野良猫いっぱいいるじゃない、この辺。外に出しちゃえば餌くれるお家もいっぱいあるから大丈夫よねえ」
意味がわかりませんでした。
外に出す?
それは捨てるっていうこと?
この人は、動物病院の獣医師に、猫を捨ててもいいか聞いているの?
しかも心臓と足の悪い猫を?
思考がフリーズして何を言われたのか理解するのにしばらくかかったと思います。
その間全く言葉が出せなかったので、流石に訝しく思われたのでしょう。
「今なら気候もいいし、自由になれるんだから、あの子にとってもいいわよね?」
飼い主さんは繰り返しました。
何がいいのでしょうか?
スコティッシュは足の変形のせいで走れないのだといっていたのではないのでしょうか。
走れない猫が外で生きていけるとでも?
しかもその子はもともと野良だったわけではなく、ブリーダーのもとに生まれ、子猫の時から家の子として生きてきた子です。
今更外に出されても、どうやって生きていっていいかなんて全くわからない子です。
餌のとり方も、縄張りの回り方も、他の猫とのコミュニケーションすら何も知らないのです。
箱入りで育ってきた、しかも心臓が悪くて薬も飲んでいる子が、外に出されて生きていける確率なんて、ゼロです。
まさか、この飼い主さんはそんなこともわからないのか?とおもいますよね。
違うのです。
わかっているのです。
娘さんを含め、その猫を捨てることは良くないことだと、わかっているのです。
そしてこれだけ障害のある子だから、外に出しても普通には暮らしていけないだろうな、ということも薄々わかっているのです。
でも、新しい飼い主さんを探すには、障害のある子を引き取ってくれる理解のある人を探す手間がかかります。それには努力も必要ですし、コストも掛かります。
それにとても自分勝手な理由で飼えなくなったことを説明しなければならない、それは嫌なのでしょう。
もしかしたら娘さんははじめは飼い主さんに預けたいと思っていたかもしれません。
おいていくことは連れて行くより簡単だと思っていたのかもしれません。
でも基本的にワクチンすらコストがかかるからと動物病院には行かない飼い主さんが、心臓と足の悪く、治療費もかさむスコティッシュを引き取りたいでしょうか。預かると言っても、数年かそれ以上海外にいるのです。看取る覚悟も必要です。
自分の猫だけでも大変なのに、もう一つの命を預かることは簡単ではないはずです。
もちろんロシアンブルーとの相性だって問題になります。
お互いが自分の都合で、その猫を持て余してしまった。
だから、どうせなら外に逃がしてしまえば?と思った。捨てるのではなく、外に出してやる。自由にしてあげる。
言葉がきれいな分、自分たちを正当化することはたやすかったでしょう。
でもそうやって無理やり自分たちを正当化したことは後ろめたく、なんとかその気持を払拭するためにわざわざ獣医師に「大丈夫」といってほしくて連絡してきたのです。
どんな獣医師であっても、大丈夫なんて言うわけがないのに困ったことです。
初めに脳内に広がったのは、驚きと衝撃、つづいて体が震えるほどの憤怒と悲しみ。
電話口で冷静になろうと息を何度も吸い込んで、なるべく、なるべく、いつもと変わらない声で伝えました。
「やだなあ、お母さん。ずっと家猫だったスコティッシュの足も心臓も悪い猫ちゃんが、外猫になることなんてできないですよ、人間のハイハイしかできない子を外に出して一人で生きて行けって言ってるのと同じです」
震えそうになる声を叱咤して、まるで軽い話を聞いたかのように話しました。
「外猫の寿命って七年くらいなんです、対して家猫の寿命はいまは二十年近くあります。体が健康で問題がない外猫でもこのデータですから、デリケートで繊細なスコちゃんはお家の中だけでしか生きられない子なんですよ」
ですからどうぞ引き取り手を探してください、きっと見つかりますから、私達も協力しますので、とつたえると、おそらく私の口調に思うところがあったのでしょう。
「そうよね~、大丈夫、わかった探してみるわ~。」
とそそくさと電話をお切りになりました。
受話器をおいたあとも、私はしばらく手が怒りで震えるのをとめることができませんでした。
今の対応で良かったのかどうか、自問自答を繰り返しながら。
後日談があります。
しばらくたって、地域猫の活動をされていらっしゃる方が病院に立ち寄ってくださったときにそういえば、とお話してくれました。
「すこしまえから明らかに飼い猫だったとおもわれるスコティッシュが、○○の餌場に来ていてね。耳も折れてるし、足も悪いみたいで走れないし、懐こい子だったからすぐに保護したのよ」
可愛い子ですぐに引き取り手が見つかったけど、ひどいことする飼い主がいるわね、と続いた言葉に全身から血の気が引きました。 あの子じゃないか、と思いました。
でも私はあくまで話しか聞いていないのです。猫自体を見たこともない。なんの確証もないのです。
そして件の飼い主さんは引っ越しされているでしょう。誰がその子を捨てたのかなんてもう永遠にわからないのです。
やはり、あの対応では間違っていたのだ、ではどうしたら良かったんだろうか。
その疑問はしばらく頭から離れませんでした。
このお話はすこしぼかしてありますが、ほぼほぼ実際あったことです。
もう随分前のことですが、私は一生忘れないと思います。
家族だと思い、一生の面倒を見ると誓って動物と生活している我々の思考の外に、そういった飼い主さんたちはいるのだと思います。
残念ながらそこには努力で埋めることができる相互理解はないのかもしれません。
もっと凄まじい話を多くの獣医師が体験しています。
それを声高に言うには心が傷つきすぎて、時間が経って冷静にならなければ話題にできないだけです。
私もこうして書いていても未だに怒りがこみ上げてうまく息が吸えない気持ちになるのですから。
こういった悲しい現実を少しでも減らすために、マイクロチップ制度は整備されました。
本当のことを言えば、きちんとすべての犬猫が一生一緒に暮らすと誓った飼い主さんにちゃんと面倒を見てもらっていれば、この制度は要らなかったかもしれません。
けれど、そうではなかった。
そういった無責任な飼い主さんは減ってはおらず、今でもかなりの数いるのです。
マイクロチップ制度により、動物を飼う際の責任はより明確になります。
登録されたデータは行政が管理し、万が一捨てたり遺棄したりした場合には、すぐに誰がしたことかが明るみに出ます。
悲しい動物たちをこれ以上増やさないために、この制度が生かされることを祈っています。
2022-05-31
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