二月は乾燥した空気に土煙を立てる勢いで速度を上げ通過していきましたが、皆さんはすでに2023年がふた月も終わってしまったことを実感していらっしゃるでしょうか?
残念なことに私は全く自覚していないので、このコラムの締め切りを考えて書いている今、文章を打つ手が震えそうです。
体感速度の加速に伴い、老化も感じるこの切なさ、病院の前を走っていく小学生の軽やかな足取りに思わずため息が出てしまいそうです。
まるで羽が生えているような動きだなあ。
さて、今回は肺水腫の話をしましょう。
肺水腫ってなんでしょうか?
そもそもこの病態は何か?という疑問を普通の飼い主さんは思うはずです。
そうであってほしい、なぜなら。
知っている方は、この病気になっている状態に接したことがあるわけで、それは生死のかかった緊急事態に直面した事実に他ならないのです。
肺水腫とは病名ではなく、症状を表す言葉です。
肺の組織の中に水分がたまり呼吸困難を起こす症状です。肺胞といわれる気管支の先の先、末端にある酸素と二酸化炭素を交換し、血液に酸素を含ませる役割をしているところに、なんらかの理由で水が溜まってしまう病気です。
勘違いされやすいものに肺の外側の胸腔内に水分が貯まる胸水がありますが、こちらが胸腔に針を刺せば抜去できるのに対して、肺水腫は溜まった水分は針を指しても抜くことができず、強力に利尿剤や消炎剤などを使ってなんとか細胞から水分を排出させるしかないのが問題です。
通常、よく見られる肺水腫は、心臓に起因することが多く、これを心原性肺水腫と言います。
小型犬に多い僧帽弁閉鎖不全症などの心不全の状態から起こり、肺の毛細血管静水圧の上昇により、血液成分が血管の外に漏れることが原因です。これを静水圧性肺水腫とも呼びます。
これに対し、非心原性肺水腫という心臓以外の原因で生じる肺水腫があります。
今回はこちらについて少し書いていきましょう。
非心原性肺水腫の原因となる病態は様々です。
人では交通事故などによる重症の外傷、膵炎、有毒ガスの吸入などの種々の原因のほか、急性呼吸法窮迫症候群(ARDS)と言われる重度の肺炎や重度の敗血症をきっかけにした呼吸不全をきたす病気で発生すると、死亡率が高くなります。
これは血管の透過性(血管壁の内外の水などの通過しやすさ)が高くなり、血液成分が血管外に漏れ出すことで起きます。これを透過性亢進型肺水腫ともいいます。
動物たちでは、薬物などによる中毒、ワクチンのアレルギー、火事などに巻き込まれた際の肺の熱傷、不適切なマズルトレーニングなどによる呼吸抑制などで見られるほか、幼犬では神経性肺水腫と言われるものがあります。
神経性肺水腫は、幼齢の子犬が自分で遊んでいるときに自身の興奮をコントロールできず、極端な脳圧上昇や急速な全身の血圧上昇により、結果的に肺水腫を起こすものです。
また人間ではてんかん発作後や頭部外傷などの神経の損傷によって起こるほか、高山病の一種である高地肺水腫などがあり、これらは前述した静水圧性と透過性亢進型の混合したもので、混合型肺水腫といわれています。
子犬の突然死の原因のひとつとしてあげられる神経性肺水腫は、まだ幼い幼犬の未熟な血圧調整機構やホルモン制御機構などが原因と考えられていますが、どの子犬にも起こる症状ではなく、詳しい原因は不明です。
遺伝的な要素が背景にあるのではという推測もありますが、憶測の域を出ません。
ただ突然おこり、急速に悪化し、あっという間に死んでしまうという、計り知れない恐ろしさのある怖い病気なので、ぜひ頭の片隅に知識として入れていただければと思います。
↓
…例としてぬいぐるみを振り回す、口にボールを加えたまま家中を全力で走り回る、など
↓
…パンティング呼吸;口を開け舌を出して早い呼吸をする様子
↓
…ヒューヒュー、ゼーゼーとした音を伴う呼吸
咳、息切れ、苦しそうな様子
胸郭を大きく動かしてする呼吸
肋骨が浮き出るほど動きがある荒い呼吸(努力性呼吸)
↓
ピンク色の泡を含む痰が出る
犬座姿勢のままで、伏せたり寝たりしない
チアノーゼ;舌が紫色や青、末期には白っぽくなる
頻拍、頻呼吸
↓
目が虚で視線が合わない
横たわり動かなくなる
心拍、呼吸、血圧ともに低下
↓
以上の病期は症状の出方をメインにかなり簡略化して書いたものですが、実際は③から⑦までが見る間に進み、一気に症状が悪化するため、じっくり観察して一つ一つの症状を分析している暇はありません。
救命のためには、この③の時間が通常よりも長いということにいち早く気が付き、すぐさま動物病院へ来院することができるかどうかにかかっています。
悩んでいる間もなく、おかしいと思ったら即行動をする必要があります。
そして非常に残念なことに、そこまでして対応しても亡くなるケースが少なく無い病気です。
治療として基本的に酸素吸入が必須ですが、心原性の場合は、利尿薬を使用し、肺の液体成分を全身の体循環に乗せ、腎臓から体外へと排出させる治療が必要です。
非心原性の場合は肺血管内圧を低く保つ必要があるので、血管の外側に漏れ出ている液体成分を毛細血管へ押し戻すため、消炎剤を使用したり、重度の場合は人工呼吸器管理により気道内圧を上げる治療を行います。
神経性の場合はこの両方が同時に起こっている可能性が高いので、両方の治療を並行して行います。
非心原性肺水腫の治療効果は、原理的に心原性肺水腫よりも遅く、十分な結果が得られるのに時間がかかります。
肺水腫の程度によりますが、自力での呼吸で酸素濃度を持ち堪えることが難しく、人工呼吸器管理に置かれなければ自力での回復が難しいこともあります。
人工呼吸器管理は24時間にわたって麻酔下に置かれ、人工呼吸器に繋がれて呼吸の全てを機械に任せる治療です。
コロナ災禍の中、人工呼吸器エクモが度々ニュースで取り上げられたこともあり、治療の様子がテレビや動画で流れたりして、それがどれだけ高度な管理と難易度を持つ治療なのか、一般の皆さんでも少しイメージできたと思います。
確か人では七人から十人の看護師さんと三人から五人の医師がチーム隣、一人の患者さんを管理していました。
動物たちでも基本的に治療は変わらず、非常に繊細でかつ難易度が高く、根気のいる治療です。
常時血圧、心拍、呼吸数、酸素飽和濃度などをモニターし、尿量、体温なども経時的にチェックします。
12時間ごとに気管チューブの入れ替えと口腔内の消毒、鼻カテーテル、もしくは胃チューブによる強制給餌など、必ずそばに一人は管理をする獣医師が常在します。
そしてゆっくりとしかよくならない肺を、辛抱強く回復させるためにずっと待ちつづけるのです。
当然ですが高額で場合により長期的な治療が必要になりますので、飼い主さんにとって重い負担になることもあります。
この人工呼吸器管理にせざる得ない状況になる前に、治療に入ることができたなら、その生存率はだいぶ変わります。
だからこそ、こういった症例があることを前提で考え、様子見をなるべくしないということを頭に入れて置いてほしいのです。
また子犬を例にしましたが、極度のストレス下に置かれたシニアのトイ・プードルが、この神経性肺水腫を起こしたところをみたことがあります。
起こし始めた瞬間をたまたま目撃できたため、即座に治療に入ることができ、その子は無事に回復することが出来ました。
後から振り返れば、あれ?なんか少し変かな?うーん、念のためにレントゲン撮っておこうかな、何もなければいいし、と思った瞬間にレントゲンを撮ることができ、すぐさまの対応ができたことが生死を分けたと思います。
あのままなんか変かなあ、でもチアノーゼも起きてないし、息が少し荒いぐらいだから様子見よう、と思っていたら、助けることができなかったかもしれません。
そのくらいの速度で肺水腫は進みます。
どうかこの恐ろしい病気について少しでも知っていただけたら、今までたくさんの肺水腫の子の治療をしてきたことが報われるなと思います。
呼吸がおかしいときは、すぐさま病院へ!
を心に留めていただければ幸いです。
2023-03-06
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