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モンスター毛玉になる前に
モンスター毛玉になる前に

冬本番ですね。今月は首都圏でも大雪が降り、その前後はお腹を下した犬猫で病院がいっぱいになりました。

寒暖差ほどダイレクトに胃腸を刺激するものはないなあと思いながら診察にあたりました。

そのお話をすると、

「先生、やっぱり小型犬が多いんですか?」

と聞かれたのですが、そんなこともなく、老若男女ならぬ老若犬猫大型小型関係なくお腹の症状はやってきます。

ただ歳をとっている子の方が、重篤になりやすかったり治るのに時間がかかったりする傾向はあります。

これは人間と変わりませんね。

やはり早期の治療が回復の決め手になることも多いので、あまりこじらせる前に動物病院を受診していただきたいです。

hr

さて、唐突ですが猫の全身バリカンの季節がやってきました。

いったい何の話だ?と思われるかもしれませんが、長毛種の猫にはなかなかホットな話題ではないでしょうか?

長毛種の、ラグドール、チンチラ、ノルウェイジャンフォレストキャット、サイベリアンなどは豊かな被毛が特徴の猫たちです。

これは主に寒い地方で品種改良され、加えてその美しい毛並みに愛好家が惚れ込む背景があり昔から愛されてきました。

しかし豊かな被毛を美しいままで維持するには努力が必要です。

もちろん自前の舌で毛づくろいはしてくれますが、もちろんそれだけでは到底足りず、飼い主さんたちの毎日のブラッシングが必要です。

猫たちがブラッシングを受けながら喉を鳴らし心地良さそうに横になってくれる。至福の時間ですね。

艶々の毛並みに仕上がるのも満足感があり、ブラッシング自体がコミュニケーションツールとして非常に有効であるのは間違いがありません。

ブラッシングで全身に触れるおかげで早期にできものを見つけることができたり、皮膚炎などを見つけられたりするメリットもあります。

いいことづくめのブラッシング、ぜひしてみてください!と言えたら良いのですがそうは問屋がおろしません。

とても悩ましいことに、ブラッシングが苦手な猫ちゃんたちが多いのも事実です。

ブラッシングをしようとコームを持っただけで逃げてしまう、無理にしようとしてひっかかれた、手で撫でるのはいいけれど、ブラシで触れただけで飛び上がって怒る。

などなど、ブラッシングに苦戦する飼い主さんたちは少なくありません。

hr

様々なコームにスリッカー、ブラシを買っては試すものの、全くブラッシングを受け入れてくれないケースもままあります。

ではどうなるのか。

ブラッシングをしなければ一年も経たないうちに全身が毛玉だらけになります。

特に腹全面、耳の後ろ、わき、お尻周り、脇腹、もちろん時間が経つと背中側も目一杯の毛玉ができます。

実はここでいう毛玉は、毛玉というイメージにはそぐわない非常に厄介で面倒な敵です。

小さな丸いものがポツポツと連なるのではなく、俗にいう絨毯毛玉といわれる板状で分厚く硬く、皮膚の上にまるで覆うようにできてしまうものです。

この毛玉はまさにモンスター、毛先の方にできるのでではなく、コームの先端すら境に入らないほど皮膚にべったりとくっついてできます。

図にするとこういう感じですね。

こうなると新陳代謝に伴って脱落すべき角質が皮膚の上と毛玉の間にたまり、通気性が著しく低下します。

その上猫たちは毛玉を気にして舐めたりするため、染み込んだ唾液とあいまって中が蒸れ皮膚炎を起こします。

かゆくてかきたいのにかくことができず、必死に舐めることでさらに状態を悪化させるのです。

これが全身を覆い、時間経過とともにまるで鎧のようになってしまうので、柔軟性を誇るべき手足は拘束されたように可動域が小さくなり動きづらく、本人も非常に不快な思いをします。

こうなるとブラッシングでは全く対応ができず、全身の毛玉を取るために全身麻酔をかけて処置を受けることになるのです。

「でも、麻酔かけてバリカンするだけでしょ?そんなに大変じゃないんじゃないの?」

と思われた方、とんでもありません。

この毛玉は、バリカンで取ることはできないのです。

「え?なんで?」

と思われると思います。

みなさんが認識する毛玉とりと実際の乖離が激しいのでここで説明したいと思います。

hr

まずバリカンのメカニズムについてお話ししましょう。

バリカンの刃にはいくつか種類があります。

1ミリ、3ミリ、5ミリ、8ミリ、と残す毛の長さで刃の形が異なるのです。

バリカンの刃は二枚刃になっており、このようにギザギザに加工されて斜めに角度もがついています。

このくっついた二枚の刃がこまかく左右に動く事でトゲトゲの刃に間に挟まれた毛がカットされるようになっています。

ですから例えばポメラニアンのシックスパットカットのように長さによってはを使い分ける事で、模様をつけるようにカットすることができます。

が、ここで問題になるのは、実はこのバリカンの刃、それなりに厚みがあり、べったりとくっついた板状毛玉と皮膚のすきまには入らないのです。

無理に差し込めても、つけられている角度に合わせて動かさないとカットができないばかりか、皮膚を傷つけてしまうことがあります。

ですから通常、毛玉を取り除き、残った部分を綺麗に揃えるために使うのがバリカンなのです。そう、仕上げですね。

では、どうやってそのモンスター毛玉を取りのぞくのか。

そう、いまご想像いただいた通り、すべて手作業です。

ここで一般的に思われている毛玉とりと実際の違いを絵で描いてみました。(図1)

お分かりいただけるでしょうか、板状になった毛玉は全く想像と異なるんですよね。

これをどうするかというと、このべったりと皮膚にくっついた大きな板のような毛玉を一つ一つをコームを使って、皮膚からそっと浮き上がらせ、ちまちまとハサミで切っていきます。(図2)

板状になってしまった毛玉は、羊毛フェルトよりもずっと硬く、切るときに毛を切っているような音はしません。みちみちとまるで段ボールを何重にも重ねて切るときと同じような音がします。相当力を込めなければ切れず、繰り返していると手は痛くなり、指先に水ぶくれができるほどです。

ちなみにハサミの歯もこぼれたり、コームも曲がったりします。

この地道な作業を繰り返すこと数時間、ようやくバリカンでカットすることができるようになります。

hr

「え?うちでとるときそんなに大変じゃないんだけど?」

と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

このモデルになってくれたワンちゃんの毛玉はオムツの擦れによってできる簡単な毛玉です。

こういったものはお家で十分に取ることができるごく普通の毛玉です。みなさんが一般的に遭遇する毛玉とはこれですので、我々と認識が違うのも仕方のないことかもしれません。

これは猫の板状毛玉とは全くことなるので参考までにあげました。

モンスター毛玉はこんなものではないのです。そもそも全身麻酔下で三時間も処置をしなければならないたいへんな事態です。

処置自体に手間がかかるだけでなく、その間の麻酔を常に管理し、気をつけていなければなりません。

人工呼吸器を使用することもありますし、血圧低下や脈の低下に対して薬剤を使うこともままあります。

通りが良いので全身バリカン、という名称を使いがちで、それほど大したことない処置のように感じる方も多いかもしれませんが、やっているのは全身麻酔下での手作業による毛玉除去、最後の最後で全身バリカンカットです。

当院の場合、四人がかりで処置を行いますが、年単位で毛玉を作り、一度もカットをしたことがない長毛種の猫の場合、平均的な時間は三時間から四時間ほどです。

逆に年に一回、定期的に処置を受ける場合、平均的に一時間から一時間半ほどで済むことが多いです。

ただしこれは毛玉の形成量に応じて当然変化します。

全身が板状毛玉に覆われた猫の全身バリカンは、例えば通常の避妊去勢手術よりもはるかに長い時間と手間がかかり、麻酔時間も長い大変な処置なのです。

hr

毛玉との戦いはもうスタッフ総力戦の戦争みたいなものなので、熱く語らせていただいたのですが、お願いしたいことはモンスター毛玉になる前に処置に早めに来ていただきたい、ということです。

ブラッシングができない子は多くいて、これはもう仕方のないことでもあるのですが、本来毛玉を取るだけのために全身麻酔をかけるのは出来れば避けたいことです。それを押してでも処置をしなければならない状況に自分の大切な猫が置かれてしまう可能性がある、ということを踏まえてご判断ください。絨毯状の毛玉の除去は簡単な処置などではなく、手術と同様のリスクを伴い、獣医師と看護師が数人がかりで行うものだと認識していただきたいと思います。

出来る限り短時間で処置が終わるように、処置の間隔を開けすぎないようにしたり、背中だけでもそっとブラシをしてみるといった努力も有効です。

最近では毛玉になりづらいムースタイプのトリートメントなどが出ており、静電気を防ぎ毛玉を作りづらくしてくれたりもします。

ブラシがダメでも他のアイテムならブラッシングができる場合もあります。

ケアの仕方はいろいろな方法がありますので、ぜひ普段から相談していただけると嬉しいです。

すこしでもモンスター毛玉に苦しむ猫が減ることを祈っています。

2022-01-20

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