動物病院HOME < 院長のコラム < 猫の血尿は緊急事態(2)
桜の開花ニュースに浮かれていたら、なんとみぞれ混じりの雨が降って「騙された」感が拭えません。
一度仕舞ったダウンを引っ張り出し、洗濯屋さんに出さなくてよかったと袖を通し、フードをかぶって出勤。
花冷えどころか普通に冬の寒さに、手がかじかんでだいぶ困りました。
暑さ寒さも彼岸まで、と言いますが果たして落ち着いてくれるのか、コラムを書いている現在少し疑っております。
さて、三月半ばのコラムに引き続き、おしっこが出なくなったら?のお話です。
前回おしっこの詰まりを解除した猫ちゃんのお話をしましたが、今回は解除できなかった場合に、どうなってしまうかのお話をしましょう。
ズバリ、手術になります。
それが叶わなければ最悪死んでしまいます。
そう、この二択しかありません。
恐ろしいですよね、前回のコラムで「尿が出なくなった時点で飼い主も獣医師も腹をくくらなければならない」と言ったのはこのためです。
そもそも、おしっこが出ないとどうなるのか?と言うことですが、皆さんはイメージできますか?
ただ苦しい、痛い、以外に重大な臓器の損傷が起こり、最終的に多臓器不全になって亡くなる流れを見てみましょう。
おしっこは、左右に一対ある空豆のような形をした腎臓という実質臓器(中空の形状ではなく、中身が詰まった臓器)で、血液から作られます。
腎臓の尿細管を通り糸球体という髪の毛より細い血管の集合体を通過することで、老廃物などを漉し取り尿を作ります。これが左右ぞれぞれの腎臓から膀胱に向かって伸びる尿管という管を通して膀胱へと集められます。
膀胱は伸縮自在な袋状の臓器で、おしっこをためることができます。
ある程度貯まるとセンサーが働き、脳へ排尿したいです!という刺激を送ります。
これに応じて脳が排尿してください!と命令を出し、膀胱括約筋という筋肉が収縮することでおしっこは膀胱とおしっこを外に捨てる穴である外尿道口を結ぶ尿道を通り排出されます。
この尿道に尿結晶や血球、細胞などの塊である尿栓が詰まり、尿が出なくなったのが尿閉でしたね。
尿閉状態になっても、腎臓は血液から尿を作ることをやめることはありません。刑事的に定量の尿を作り続けるので、膀胱の中にはおしっこがどんどん溜まっていきます。
先ほどもお伝えしたように膀胱はとても伸び縮みする臓器なので、かなり頑張っておしっこを貯めてくれます。
それでも限界はいつかやってきて、なんとか排尿しようとするわけですが、それが叶いません。
膀胱は普段水風船のように柔らかいのに、この時点でかちかちの限界まで膨らんだ硬いボールのようになります。
ここに強い衝撃が腹部に当たれば、膀胱の損傷具合により膀胱破裂を起こすこともああります。
こうなると腹腔の中に尿が漏れ、腹膜炎を起こします。しかも正常なおしっこは無菌で細胞などもないのですが、今回は細菌や尿結晶などがわんさか出ているおしっこです。それが腹の中にぶちまけれてしまうことを考えると、どれだけ深刻か分かると思います。
また膀胱が破裂しなくても、たまり続けるおしっこで膀胱の内圧が上がるとそのしわ寄せは尿管を通って腎臓に影響します。
普段一方通行で流れているおしっこは逆流し腎臓に流れ込み、感染などを広げる他、腎臓内圧をあげ糸球体や尿細管にかなりのダメージを与えてしまいます。
これが急性腎不全です。
急性腎不全はなんらかの原因で、腎機能が休止し著しく低下する状態ですが、こうなると全身を循環する血液の流れが一気に悪くなるので、最終的に腎不全から血流障害が起こり、種々の臓器にダメージが波及していきます。
同時に、腎臓は老廃物を漉し取る役目を持ちますがこれができなくなるので、体の中に老廃物が溜まっていきます。
老廃物で最も有名なのはアンモニアですが、これが体内にたまり続けると細胞障害性を持ち、色々な組織にダメージを与えます。
高アンモニア血症という状態では、嘔吐や下痢のほか、神経症状などが出てきます。
こういった老廃物からのダメージも肉体に強い損傷を与えます。
総合的に体の中が非常に悪い状態になり、結果的に多臓器不全から死亡することになります。
これは非常に早い速度で進む症状で、丸2日おしっこが出なければこの状態に陥ります。ですから、尿が出なくなってからはスピード勝負になるわけです。
これを回避するため、手術によって尿道を開通させる必要があります。
ではどういう手術をすることになるのでしょうか?
詰まりやすくなっている細い尿道を切り取って新しい尿道の出口、外尿道口を作る手術をするのです。
これを会陰尿道造瘻術と言います。
一般的にはWilson & Harrison法という定法を元に包皮粘膜を使った変法手術が行われています。
これはすごく単純にいうと、尿道の細いところ、要するにペニスをその周辺の筋肉とともに切除して、その先の少し太めの尿道を切り開き、会陰部分の皮膚に縫い付ける手術です。よく女の子の猫ちゃんと同じような会陰部になりますよ、と説明を受けると思います。
最もメジャーに行われている手術ですが色々と問題点も多いのです。
会陰部の皮膚と尿道粘膜ということなる組織を縫い付けるため、その後で皮膚が治る時に同時に周辺組織とともに収縮して、せっかく作った新しい尿道口が閉鎖してしまったり、周辺の伸びた毛が尿道口に触れ感染しやすくなったり、縫い付けた傷がうまく癒合しなかったり。実は再手術率がかなり高いといわれている手術の一つでもあります。
こういった背景を踏まえ、筒状尿道包皮粘膜縫合法などの改善策が考えられた方法での手術も行われ始めています。
こちらは包皮粘膜と尿道粘膜を縫い付けることにより、上記の方法よりも術後の合併症が少なくなることがわかっています。こちらはオスの包皮を残してその中の粘膜を利用するため、一見外観はペニスが残っているかのように見えますが、ペニス自体は切り取られており、中の尿道は太くなっている部分と結合されているので、スムーズな排尿ができるようになります。
また尿道口が外にむき出しになっておらず、包皮のなかに隠されているので、傷の拘縮や毛が入って刺激してしまうなどのデメリットが改善されています。
どちらの方法にせよかなり技術力と経験がいる手術ですので、それなりに高額な費用がかることも覚えておきましょう。
また会陰尿道造瘻術ができない場合もあります。
そもそも全身状態が非常に悪く、手術自体が耐えられない場合や、今までお話しした尿石症の場合は、病気のコントロールがうまくいかず、尿閉を繰り返しなんども会陰尿道造瘻術を行なっており、新たに形成するだけの尿道がなくなってしまっているケースや骨盤尿道にも及ぶ尿道炎が見られ、尿道形成には向かないケース、また尿石症以外の原因では、外傷による尿道の断裂、尿道腫瘍や前立腺腫瘍などです。
そういった場合、膀胱から腹部の皮膚に直接尿を出すための管を形成する手術が必要になることもおります。
これを膀胱腹壁瘻と言います。
これは最終手段であり、長期管理を考えるとここにさらに胃瘻チューブを設置する方法が良いとされています。
こうなると尿道自体が必要ない状態です。膀胱から直接尿が外に出せる訳ですから、中に結石ができても尿結晶ができてもここから出すことができます。
ただし人工物が設置されている場合、管理には気を使わなくてはなりません。丁寧な扱いはもとよりチューブの交換などメンテナンスを定期的に行う必要もあります。これはその子が一生を終えるまでずっと必要になります。
この場合、手術費用だけでなくメンテナンス費用も含めそれなりの金額がかかるのは避けられません。
さて、晴れて手術がうまくいき、おしっこが十分出るようになって緊急事態を脱することができても、治療は始まりにすぎません。
基本的な尿石症体質は変わることなく、管理を怠れば再び尿石ができてしまうからです。
これはその子自身の個性の問題で、一生の問題です。
尿石症は再発率がとても高い疾患です。
食事、水やトイレなどの環境、定期的な尿検査や全身検査が十分行われて、その子は無事に一生を過ごすことができます。
とても症例が多くポピュラーともいえる猫の尿石症ですが、侮るなかれ、実際は拗らせると大変な病気です。
猫の場合、投薬が十分にできなかったりすることで、よく治療が長引いたり、悪化したりすることがあります。
お薬を飲ませるのはとても大変ではありますが、逆に治療のために投薬ができない場合は、注射以外で体に薬を入れることはできないのです。
何とかしてか投薬を行うか、そうでなければ毎日の通院、飼い主様のスケジュールによっては入院をして適切な治療をする必要があります。
また病気の引き金は一番やっかいなストレスと言われています。
飼い主さんの転居、家族の増減、譲渡など、環境変化を与えたことによって発症した場合、根本的なその原因を解決しなければならないこともあります。
実際は奥が深い猫の尿石症、理解の一助に今回のコラムが役立ってくれたらいいなと思っています。
2022-03-31
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