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桜とともに思い出されるお話
桜とともに思い出されるお話

せわしない春は駆け足で過ぎていき、 四月ももう終わります。

四月一日を綿抜きと読むことからも、四月は衣替えの季節なのですが、 これは旧暦のことなので、少しずれていますね。 コートも薄手にかわり、何をきたらいいのかしら?と悩むこのごろ。

東京ではお花見も終わってしまいましたね。 北海道ならこれから見頃なのでしょうけれど。 日本は列島だけあって、一つの季節を、全国で長く楽しむことができるのは、 本当にうれしいことです。

hr

お花見、なんてすてきな日本の文化でしょうか。
いいえ、お酒をおいしくいただけるからだけではなく、 季節を愛でる風雅な気持ちが 脈々と奈良時代から伝わってきたというのが、何ともいえずセンチメンタルになるところです。

奈良時代には梅を愛でていたそうですが、 その後平安時代から桜へと愛でる対象がかわり、およそ千年、花イコール桜とまで扱われるほど、 愛されているのですね。

hr

幼いころ、両親はすでに共働きで、自営業でしたから、土日もなく、 昼間にお花見に連れて行ってもらった記憶はありません。

ですが、夜、夕ご飯を食べ、パジャマに着替えて、寝る準備万全になると、 父がおもむろに、 「じゃあ、桜をみにいこう!」というのです。

みんなでお布団を車に持ち込んで、上野の山へ。 もちろん車の中、窓越しに鑑賞する夜桜です。

恐ろしいほど美しく、咲き誇る夜桜は、子供の私でも声が出せないくらいきれいで、 夜にドライブしているという、非日常的な空気と相まって、 本当にドキドキしました。

博物館の前の大きなざとうくじらが、満開の桜の花に浮かび上がるのは、 まるで桜色の海に泳いでいるように見えて、 見とれました。 あまりの大きさに、若干怖さも感じましたが。

そんなわけで、私にとってのお花見は夜桜見物です。 今でも夜に浮かび上がる桜をみると、あの頃と同じような、ドキドキそわそわとした、 何ともいえない高揚感を思い出します。

大人になった今から思うと、 あの夜桜見物は、両親が必死に作ってくれた、お花見の記憶なのでしょう。 そう思うと、なんだかやけに切なく見える桜でもあるのでした。

hr

桜つながりでいうと、 もちろん桜餅も桜茶も、大好きです。
ええ、結局花より団子なんでしょう。

団子といえば、お花見団子の串ごと犬が食べてしまったお話を 結構聞きますので、ご注意ください。 串ってとっても厄介なんです。

レントゲンに写りませんし、平気で二ヶ月くらいお腹にあっても、 明確な症状を出さなかったりします。 しかも吐かせられないので、即、内視鏡決定です。 それでだめなら、胃切開になります。

大事になってしまいますので、くれぐれもご注意くださいね。

hr

6年前の春、愛犬のゴールデンレトリバーをなくしました。 症状が出てから、わずか二週間で逝ってしまいました。 そのときも、桜が満開でした。 肺原発の血管肉腫とういう、非常に珍しい病気でした。

少しの咳が出ていて、レントゲンをとることになりました。 犬のレントゲンは、 犬の体を支え、レントゲンポジションをとる人と、 現像をする人で、分かれることがあります。 そのとき大学病院のレントゲン室はそのように分かれていました。

軽い肺炎かな、何か誤嚥したかな?もう年だしなあ。 そう思いながらレントゲン室を出て現像してくれた同僚の先生の顔を見たとき、 ああ、良くないのだとわかりました。

レントゲンの画像を見れば、 彼の時間がもう余り残されていないことがわかりました。 誰も、何も、話すことができませんでした。

大学病院の手術や麻酔の担当は、その難易度や状況によって各研修医に割り振られ、 その割り振り担当の先生がいるのですが、 その先生から、今後2週間の担当は入れないといわれました。 私が自分の犬についていられるように、 配慮してくださったのです。

同時に、残された時間は二週間しかないということでした。

画像診断の先生のところにレントゲンを持っていき、 やはり状況はかわらないことがわかり、 そのまま酸素室に入れ入院させました。

自宅療養用の酸素装置を依頼して、 すぐに翌日、自宅へ設置してもらいました。

その日の夜は宿直して、ICUにつめていました。 そして、必要な薬を用意しました。 そのなかには安楽死のための薬剤も含まれていました。

彼の病気は、肺をおかすもので、 息をしてもしても、酸素が取り込まれず、 陸で溺れるような、苦しさを伴うものだと、わかっていたので。

翌日、犬を連れてかえり、 そこから自宅での治療が始まりました。
使えるだけの知識を使い、 使えるだけの薬を使いました。 けれど、状況は悪化するだけで、 自分が無力だと、わかりました。

hr

診断が出て、5日目に、彼はなくなりました。

彼がいなくなって、 我が家には犬が一頭もいなくなってしまいました。 実は彼がなくなる二週間前、 3ヶ月寝たきりだった犬をみとったばかりだったのです。

抜け殻というのはたちの悪い状態で、 音や景色は体を通過し、意味を持たなくなるのです。

仕事にいくこともできず、 飼い主として悲しむこともできず、獣医師であることを呪って、 ひたすら桜が降る公園で、 ベンチに座っていました。

どのくらい、座っていたのでしょうか。 時間の感覚もなく、花冷えのする四月のこと、冷えてこわばった体に、桜の花びらが降り積もっていました。

散った花びらをみたら無性にむなしくなって、 亡くなったときにつきたと思った涙があふれてきて、 それからひたすら泣いていました。 周りからみたら奇異な光景だったと思います。

日が暮れて、前が見えなくなって、家に帰る。 それを3日以上繰り返して、 涙も出なくなって、結局、結局、自分には獣医として仕事を全うすることしか、 彼が与えてくれたものを返すことはできないと思いました。

あのとき、ただ無力だった自分が これからであう動物たちに少しでも治療ができるように 努力を重ねることしかできないのだと、思いました。

そうして時間を経て、 今があります。
どの獣医師も、自分が一緒に育った動物との思い出があると思います。 そのおかげで、今があります。

桜の季節になると、 どうしても思い出してしまう、大切な思い出たちでした。

2014-04-30

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